小説

オンリー・イエスタデイ38「上下関係」

 Aと私は、ときどき授業を抜け出して、高校の近くを散歩した。体育館で集会があるとき、知らん顔をして学校の外へ出たり、昼休みにフラフラと歩いて、午後の授業がはじまってももどらなかったりした。  我々が好んだのは、陰鬱な曇り空の日で、だれもい...
小説

オンリー・イエスタデイ37「反抗期」

 高校2年の担任は、タルイハジメという数学の教師だった。  色黒で額が禿げ上がり、後頭部が突出したいわゆる後ろデコだった。眼鏡のギョロ目で、やや出っ歯。口調は講談師のようにメリハリがあって、生徒に人気があった。モノマネをする生徒がいたり、...
小説

オンリー・イエスタデイ36「クラブへの復帰」

 人間のあらゆる行動が、欲に端を発しているという意味で、すべて同等であるとわかると、世の中がまるでちがって見えた。  刻苦勉励も自己犠牲も謹厳実直も、何ら貴いものではなくなったし、怠惰も狡知もエゴイズムも、特に忌避すべきものとは思えなくな...
小説

オンリー・イエスタデイ35「欲の一元論」

 高校2年のときの私は、とにかく苦しかった。理由は、自分にとうてい手の届かない目標を掲げていたからだ。  小学生のときに読んだパスツールの伝記の影響で、私は将来、研究医になりたいと思っていた。研究医になって新しい治療法を発見すれば、世界中...
小説

オンリー・イエスタデイ34「変身」

 Aが勉強そっちのけで、孤高の精神を保っておれたのは、一にも二にも、内面を支える思想的なヒーローがいたからだ。Aがトルストイやドストエフスキー、あるいはゲーテやチェーホフについて語るとき、私はその文学的な語り口に魅了されながらも、激しく嫉妬...
小説

オンリー・イエスタデイ33「スメルジャコフ」

『地下室の手記』で、Aが特に好んだエピソードに、地下室の住人と将校との対決がある。  地下室の住人が撞球場に行って、撞球台の横でぼんやり立っていると、前から来た将校が彼の両肩をつかみ、まるで邪魔な荷物か何かのように、横にすげかえるという場...
小説

オンリー・イエスタデイ32「地下室の住人」

 トルストイに負けず劣らずAを魅了したのが、ドストエフスキーだった。  彼は『罪と罰』を読んで、いたく感動したようだったが、中でも特に酔いどれの退職官吏、マルメラードフにシンパシーを感じたようだった。  マルメラードフは、肺病の妻のスト...
小説

オンリー・イエスタデイ 31「Comme il faut」

“Comme il faut”(コム・イル・フォー)とは、“品のよい”とか、“礼儀をわきまえた”とかいう意味のフランス語である。この言葉はトルストイの『青年時代』に出てくる。  この概念が、17歳のAをいたく魅了し、彼の価値判断の絶対基準...
小説

オンリー・イエスタデイ 30「若きヒットラー」

 高校2年生の夏休み、私は一冊の本と出会った。  水木しげる著『劇画ヒットラー』  書店で見つけたときには手が震えるほど興奮した。  私がヒットラーに興味を持つようになったのは、中学2年生でAとともに戦車模型を作りだしたころだった。ド...
小説

オンリー・イエスタデイ 29「水木しげる熱」

 今でもそうだが、Aと私の共通のアイドルに、漫画家の水木しげるがいる。  私が水木漫画に触れたのは、小学校4年のとき、別冊少年マガジンに掲載された「テレビくん」を読んだのが最初だった。それまで「鉄腕アトム」や「鉄人28号」「伊賀の影丸」な...