オンリー・イエスタデイ 21「頽廃」

 小説を読むようになって勉学を忘れたAは、となりのクラスの怪しげな連中と付き合うようになった。メンバーは、毎日遅刻してくる背の低い豆腐店の息子、暴力沙汰で有名な中学の出身で、常に冷笑を浮かべている皮肉屋、北海道から転校してきたフランケンシュタインのような風貌の大男、ベラベラしゃべりまくる相撲取りのような太っちょなどだ。

 このグループは、一般のまじめな生徒と異なり、辛辣で頽廃的な空気を周囲にふりまいていた。学業の無意味さをあげつらい、教師の小市民性を嘲笑し、常識の通俗性を憎み、勉強ばかりする優等生を軽蔑していた。

 サッカー部をやめた翌日、私は授業が終わると、放課後に自由な時間を得たことの喜びを感じつつ、いそいそと帰る準備をした。その日は雨が降っていたが、サッカー部は校舎の中で筋トレやボールタッチの練習をするので、休みではなかった。私はもうそれに参加しなくてもいい。さあ、これから帰って勉強しようと思った矢先、校門を出たところでAたちのグループと出会った。

 Aが私に親しげに聞いた。

「クラブはどうしたんや」

「昨日でやめた」

 私が答えると、Aは冷ややかな笑みを浮かべ、「それなら、ちょっとデパートに寄っていこうや」と、私を誘った。

 私たちが通っていた高校は、大きな駅の近くにあり、駅ビルには大手のデパートが入っていた。Aたちは下校の途中によくこのデパートに立ち寄り、雑貨の店を冷やかしたり、本屋で立ち読みをしたりしていたのだった。

 私はすぐに帰りたかったが、Aの誘いを断ることができなかった。なぜなら、Aは私が成績を上げるためにクラブをやめ、早く帰って勉強したがっているのを見抜いているように思われたからだ。私が誘いを断ったら、Aのグループに軽蔑される。それは私には耐えがたい屈辱のように思われた。

 今から顧みれば、それは他愛のない見栄だったのかもしれない。私は成績を上げることを目指しながら、優等生と見られることにも反発するアンビヴァレントな心境にあったのだ。さらには、1学期にクラスでトップの成績を取りながら、惜しげもなくその地位を捨てたAに対する畏敬の念もあったかもしれない。

 デパートに入ると、グループの連中は特に目的もなく、ただぶらぶらと店内を歩きまわった。下らない装飾品を見つけてはバカにしたり、奇抜な服を見てはだれがこんなものを着るのかと呆れたりした。売り物の欠点を見つけだし、無意味さを強調し、低俗さをこきおろしながら、時間をつぶすのが彼らの楽しみのようだった。

 Aはグループの中でも鋭い指摘と観察眼で、全員から一目おかれていた。もう1人、暴力中学出身の皮肉屋も、ものの見方がシュールで、よく笑いを取っていた。彼はやせぎすだがいかにも与太者風で、ヘラヘラ笑い、風に吹かれるように身体を揺すっていた。勉学の価値を否定し、教師に敬意を払うことなく、教育の画一性や底の浅さを唾棄すべきものとして批判していた。私は会話に調子を合わせながらも、内心では驚きを禁じ得なかった。勉強とクラブを両立させ、まじめで明るく、素直に生きることしか考えていなかった私にとって、それは明らかに道にはずれたことであり、同時にたまらないほど蠱惑的でもあった。

 その日、私はAたちとデパートを徘徊したあと、バスを使うべきところを彼らに付き合ってだらだらと歩いて帰ったので、結局、クラブをしたのとほぼ同じ時間に帰宅した。もちろん、そのあとは時間のロスを取りもどすべく、懸命に勉強した。

 明日からはAのグループに会っても、ぜったいに誘いには応じないでおこう。そう決心したが、同時にAや与太者風の皮肉屋がしゃべる早熟で虚無的な会話に、強く心惹かれるものを感じずにはいられないのだった。

(つづく)

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