オンリー・イエスタデイ 2 「下着の中」

 私がAに惹かれたひとつの理由は、彼が異様に絵がうまかったことだと思う。その才能は大人の目を驚かすのにも十分だった。

 Aが私の家に遊びに来たとき、私は彼に何か描いてくれと頼んだ。母にAの絵のうまさを自慢したい気持があったからだ。Aはモデルがないと描けないと言い、飾り棚にあった三美神の置物を持ってきた。父がデンマークに留学したときに買ってきたもので、裸の女性が3人、寄り添って立つ30センチほどの石膏像だった。

 Aはわら半紙にサラサラとスケッチして見せた。複雑な形なのに、とても子どもの絵とは思えないリアルさで描き、母を心底感心させた。帰り際、母がそれをAに持たそうとしたら、彼は「いらん」と惜しげもなくゴミ箱に捨ててしまった。そんなAの振る舞いにも、私は羨望とも畏敬ともつかない気持を抱いた。

 Aが絵を捨てたのには別の理由があったのかもしれない。三美神を描きながら、彼はこんなことを言っていた。

「女の裸を描いたら母ちゃんの機嫌が悪なるから、家では描かれへんねん。この前、キクサカの裸を描いてえらい怒られた」

 キクサカは下の名前をエリコといい、クラスでいちばんの美少女だった。目が大きく、睫毛が長く、声はハスキーでわずかに鼻にかかっていた。どことなく大人びた雰囲気で、私は秘かに彼女に好意を抱いていた。そのことをAは知っていたのかもしれない。いや、おそらく彼もエリコが好きだったのだろう。Aと私は機会を捉えては彼女にまとわりついた。

 あるとき、Aは私に驚くべきことを打ち明けた。

「この前、滑り台を上るとき、キクサカが前におって、下から見たらパンツが透けて、中身が見えた」

 何が見えたのかは言わなかったが、Aの言葉は私を激しく興奮させた。7歳にしてすでに私は女性器に惹かれていたのだろう。それが早いのか遅いのかはわからないが、Aが私より早熟だったのはまちがいない。

 エリコは裕福な家の娘で、いつもほかの子とはちがう上等な服を着ていた。下着が特別なものであっても不思議はない。私もその中身を見たいと思ったが、どれだけ待っても滑り台で彼女の後ろに上る機会は訪れなかった。

 悶々としていると、Aはさらに私を羨ましがらせることを言った。

「キクサカの家に遊びに行ったら、姉ちゃんが出てきて、いっしょにゲームをしたんや。僕が勝ったから、姉ちゃんは今度パンツをめくって見せたげるて約束してくれた」

 エリコには2歳上の姉がいて、彼女も美人だった。私はAが二度もそんないい目に遭うのが憎らしくて、負け惜しみのように言った。

「パンツをめくるて言うても、はいてるパンツとはかぎらんやろ。ただパンツを持ってきて、めくるだけかもしれんで」

「いや。お尻をめくって見せるて言うてた」

 たぶん嘘だろう。私の反論をやり込めるためにでっち上げたにちがいない。当時、Aと私はよくそんな屁理屈を言い合っていた。

「そしたら今度、キクサカの家に行くとき、僕もいっしょに連れて行って」

 卑屈に頼むと、Aは「わかった」と言ってくれた。

 しばらくして、まだエリコの家に行かないのかと聞くと、Aは「もう行った」と答えた。あたかも私との約束などなかったかのように。

 私は焦って確認した。

「見せてくれた?」

「全部見せてくれた」

 そう言って大人びたニヤニヤ笑いを見せた。

 悔しかったが、どうすることもできない。Aには度々このような屈辱を味わわされた。

(つづく)

 

 

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