オンリー・イエスタデイ 12「頭がいい」

 小学6年生のとき、Aは緑色の毛糸の帽子をかぶるようになった。当時、テレビで放映していたアメリカのコメディ「ザ・モンキーズ」のマイク・ネスミスがかぶっていたのと同じものだ。近くの手芸店で作ってもらったものらしかった。

 同じ帽子を、カヤという不良っぽい少年もかぶっていて、2人はよくいっしょに遊んでいた。私はカヤと親しくなったAを見て、密かに失望した。Aが嫌っているはずの低俗な相手のように見えたからだ。なおかつ、Aのクラスには私が4年生のときに恋い焦がれたヨシザワトモコもいたので、それも不愉快だったのだろう。

 3学期の終わりに各クラスで卒業文集を作ることになり、Aのクラスの友だちがその文集を見せてくれた。最初のページに、Aが担任の教諭と、クラス全員の似顔絵を描いていた。相変わらず抜群の技量で、48人の特徴を見事に捉え、だれの顔かすぐにわかるほどリアルだった。ところが、ヨシザワトモコだけは、マンガ風のタッチで、しかも魔女のようなヘンな顔に描かれていた。たぶん、Aも彼女が好きだったのだ。そして私と同じく、告白も接近もできなかったのだなと知り、わずかに気持が軽くなった。

 小学校を卒業したあと、Aも私も地元の公立中学校に進んだ。

 中学生になったときの新鮮な気分は、今もありありと思い出せる。はじめて着た詰め襟の学生服、科目ごとに先生が替わる授業、給食ではなくて弁当、算数ではなくて数学、それに英語の授業。

 校内には購買部があり、現金を持って行くことも許されていた。学校の中で買い物ができるというのも、小学校ではあり得ないことだった。私は授業の初日に下敷きを忘れて、さっそく購買部で買い求めた。たしか15円だったと思う。小学校のときなら、1日中下敷きなしで過ごさなければならないところだが、中学生になると、買って補うことができる。なんと便利なんだと思った。

 私は110組で、Aは11組だった。新学期早々、前期の代議員の選挙が行われた。生徒会に出るクラスの代表で、学級委員みたいなものである。

 中学校には4つの小学校から生徒が集まっていたので、その中でだれが代議員にふさわしいかなど、1週間やそこらでわかるはずがない。選ばれるのは単に目立つとか、なんとなく勉強ができそうな者だった。私のクラスには、どういうわけか、私を持ち上げてくれる生徒がいて、そのおかげで代議員に選ばれた。11組はAだった。私は単純に喜んだが、Aは代議員の肩書きなど屁とも思わないというような顔をしていた。

 中学校では放課後にクラブ活動があり、私はサッカー部に入った。Aも同じだった。夏休みの練習のとき、顧問の教師が、20人ほどいる1年生の部員を集めて、「君らの中でいちばん頭のええのはだれや」と聞いた。

 なぜそんなことを聞くのかと、みんなが顔を見合わせたが、だれかがAの名前を挙げ、次々と同意する声が上がった。すると教師はとぼけるようにこう言った。

「頭のええというのは、ヘディングがうまいという意味やぞ」

 それならと、みんなはいちばん背の高い部員を指名した。

 あのとき、顧問の教師がまわりくどい聞き方をしたのは、おそらく1年生でだれがいちばん勉強ができるのかを知りたかったのだろう。なぜそんなことを知りたがるのか不思議だったが、私はやはりAは頭がいいのだと再認識した。

(つづく)

 

→公認サイト「久坂部羊のお仕事。」へ戻る