オンリー・イエスタデイ 16「美しい風景」

 Aの絵のうまさは、中学生になってもいっこうに衰えることがなかった。それは立体の造形でも同じだった。

  あるとき、Aは女性の胸について、「オッパイの先は外側に向いてるんや」と言い、両手の人差し指を胸の前で立てて開いた。女性の乳首は正面を向いているとしか思っていなかった私は、Aの仕草でよりリアルな乳房を連想し、なまめかしい気持になった。同時に、フォルムを正確に捉えるAの感覚に脱帽した。

  感心する私に、Aはさらに追い打ちをかけるようにつけ加えた。

 「姉ちゃんのを見たらそうなってた」

  Aには6歳上の姉がいて、そのとき20歳だった。中学2年生の男子にとって。20歳の女性は十分に成熟した大人だ(「初恋」のズィナイーダのように)。その胸を弟であるAが見たという事実は、のぞきや近親相姦に通じるものを連想させて、淫靡だった。

  ほかにもAの感覚に驚かされたことがある。

  美術の教科書の表紙に、デューラーの「祈る手」という作品が描かれていた。両手を合わせて、神に祈る人の手だけを描いた作品で、いかにも敬虔な印象を与えるものだった。ところが、Aはその表紙を自分の顔に斜めに当てて、「フーン」と鼻を鳴らした。一瞬にして、「祈る手」を「洟をかむ手」に変えてしまったのだ。私はその不敬さに眉をひそめたが、彼の意表を衝く空間認識に感心もした。

  同じころ、美術で手の石膏像を彫る授業があった。まず、自分の手をモデルにして、彫りたい形を前横上の三方からデッサンする。私は人差し指を精いっぱい突き立てた形を描いた。圧倒的な一等賞という意味を込めたもので、上昇志向の強い幼稚で浅はかな優等生の発想だ。

  Aがデッサンしたのは、握り拳から親指と人差し指を微妙に捻じ上げたような手だった。曖昧な形で、なぜそんな意味不明の手に決めたのかまったくわからなかった。

  次の授業で直方体の石膏を与えられ、上下左右の側面にデッサンを写してから、彫刻刀で彫りはじめた。美術の教師が、「彫るときは両手を使うように」と注意した。私はもともと左利きだったので、ハサミでも鉛筆でも両手で使えた。教師にほめてもらいたい一心で、私は彫刻刀を左右の手に持ち替えて彫った。右手のほうが彫りやすい面と、左手のほうが彫りやすい面があり、教師の言ったのはこういうことかと思いつつ、せわしなく持つ手を替えた。

  教師はしばらく教室を巡回していたが、やがて教壇にもどって言った。

「彫るときは両手を使えと言うたけど、できてるのは1人だけやな」

  てっきり自分のことだと思い、私は嬉しいような照れくさい気持になった。ところが、教師が言ったのは意外な言葉だった。

 「それはA君や。彼だけが彫刻刀を両手でしっかりと支えて彫ってる。みんなも見習うように」

  なんだ、そういうことかと私は落胆した。だが、それだけではすまなかった。教師は続けて嘲るようにこう言った。

「両手で彫る意味のわからん者が多かったようやな。中には彫刻刀を左右の手で持ち替えて彫ってる者もおった」

  教室内に軽い嘲笑が起こった。それがだれかはわからなかっただろうが、私はひどく惨めな気分になった。彫り上がった作品を見ると、私の人差し指は陳腐で平板だったが、Aの歪んだ握り拳は、本物の彫刻家が作ったように芸術的だった。

  秋の遠足のとき、帰りのバスで、私はAといっしょに最前列の席に座った。バスは枯れ草の野原の横を走っていた。空はどんより曇り、野原にはススキや赤茶けた枯れ葉がわずかに残った貧相な木があるだけだった。

  するとAが、窓の外を眺めながらつぶやくように言った。

「俺はこんな景色が好きや」

  一瞬、私はからかわれているのかと思った。窓の外には景色と呼べるようなものが何ひとつ見当たらなかったからだ。しかし、彼はまじめだった。

「これのどこがいいんや」

  私が聞くと、Aは窓の外に顔を向けたまま答えた。

「色調がええやないか」

  私は懸命に目を凝らしたが、そこにはうすぼんやりとした茶色と灰色があるばかりで、感興を刺激するものは何も見えなかった。

 (つづく)

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