オンリー・イエスタデイ 27「晴天嫌い」

 そのころの私は、Aの悪魔性、反社会性に惹かれながらも、自らの優等生的な良心にも執着を感じていた。努力することや、誘惑に負けず自分の意志を貫くことに、まだ価値を見出していたのだ。

 倫理社会の授業で、クロムウェルの禁欲主義を習ったときも、大いに共感した。つらい勉強を続けるには、あらゆる欲望を抑える必要がある。禁欲主義はその意味で合目的だった。

 衝動や激情を重視していたAは、当然、自らの欲望にも忠実で、禁欲主義のごときは、唾棄すべきものと考えていただろう。しかし、私が禁欲主義の効能を友人にしゃべっても、彼は面白くなさそうな顔をするだけで、敢えて否定はしなかった。ほかの級友が優等生的なことを言うと、露骨に軽蔑したり、「しょうもないことを言うな」と、怒りを込めて吐き捨てたりしていたのに……。

 私が通っていた高校は、5月に文化祭があり、高校2年のとき、我々のクラスはシェークスピアの『マクベス』をやることになった。クラス替えから日が浅いせいもあって、雰囲気が盛り上がらない中、私は運悪くクジ引きでクラス委員になっていたため、リーダー的な役割をこなさなければならなかった。出し物を決めたのは私ではないが、なりゆき上、私が脚本を書き、演出をして、マクベス役もすることになった。さらには舞台装置の絵も描き、放課後の衣装合わせや、演技の練習なども仕切らなければならなかった。

 私は完全なオーバーワークで、元々、みんなで力を合わせて何かをするというのが嫌いだったこともあり、少しも楽しくなかった。そもそも文化祭で劇をするなど、あまりに平凡で、何の新味も感じられない。当然、Aはそんな凡庸さを忌避するだろう。だから、文化祭などに積極的に関わっている私は、Aに冷ややかな目で見られるのではないかと恐れていた。

 ところが、彼は不思議に放課後の練習に最後まで付き合い、私が背景の絵を描きあぐねていると、何枚かを代わりに描いてくれた。のみならず、急遽、登場が決まった侍従役で、劇に出演までしてくれた(配役を決めるクラス投票では、Aは最初、3人の魔女役の1人に選ばれていたが、断固拒否して、別の級友が演じることになっていた)。

 この一連の行動にも、Aの私に対する気遣いが感じられたが、その理由はわからなかった。

 当時のクラスには、「学級日誌」というのがあって、日直がその日の出来事や感想を書くことになっていた。Aが日直のときのページには、次のようにあった。

『今は世界史の授業中であります。窓の外はよく晴れております。不肖ワタクシメは、この晴天というヤツが大嫌いなのであります。ウンザリさせられるのであります。カラリと晴れ渡った青空、そこには、何ら人間的な深遠なる苦悩や、感情の屈折が差し挟まれる余地が見当たらないからであります。従って、不肖ワタクシメの好むところは、むしろどんよりと曇った憂鬱な空なのです。幾重にも雲の重なった重苦しいような曇天にこそ、美を感じるのであります』

 横にはドストエフスキーの似顔絵が、抜群のリアルさで描かれていた。

 Aのこの意見には、まったく同感だった。私は中学生のころは晴天が好きで、晴れているだけで気分がウキウキした。曇り空を見ると、ただうっとうしいと思うだけだった。しかし、17歳になる前後から、曇り空のほうが心が安らぎ、静かな気持になれると感じるようになった。逆に晴天には薄っぺらさしか見出せず、ある種のバカバカしささえ感じるようになっていた。

 明らかにAの影響だ。しかし、私はそのことに自身の成長を感じ、晴れを単純に喜ぶ級友たちを、幼稚で俗っぽいと軽蔑していた。

 ことほどさように、私は未熟だった。

(つづく)

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