オンリー・イエスタデイ40「告白・前編」

 高校2年生のとき、私はAとともに自らを孤高に仕立て上げ、意味もなく級友たちを忌避し、ほとんど口も聞かなかった。

 10月には修学旅行があったが、その間も同じメンタリティを保つつもりだった。ところが、早朝に集合場所に集まり、Aと顔を合わせると、何かしらウキウキした気分になった。家も学校も離れて、九州への3泊4日の旅行に出ることに、心の高ぶりを覚えたのだろう。

 往路は大阪南港からフェリーで別府に向かった、級友たちは船内のあちこちでゲームやトランプ遊びに興じていたが、私は彼らから離れ、Aと2人で小難しい話をしたり、持参した文庫本を読んだりしていた。

 午後になって、船が瀬戸内海の中ほどを過ぎると、何組かのカップルが船縁に並んで海を眺めだした。さながら集団デートのようで、その雰囲気に乗じて、好きな相手に告白をして、にわかカップルになる者たちもいた。同じクラスのハシタニといううだつの上がらない男も、別のクラスの女子に告白をして、奇跡的にOKの返事をもらい、船縁組になった。

 私は恋愛など、浮ついた世俗の典型と見なしていたので、彼らを鼻で嗤い、露骨に軽蔑の態度を示した。

「下らん連中やな」

 吐き捨てるように言うと、Aは同調するかと思いきや、照れ臭そうに苦笑しただけだった。

 私が恋愛を軽蔑していたのは、高校に入ってすぐ、手痛い失恋を経験したからかもしれない。中学3年生のときに付き合いはじめ、同じ高校に進んで電話デートなどをしていた相手に、突然、理由もわからず無視された。疑心暗鬼に陥りながら、プライドに邪魔されて、相手の気持を聞くこともできず、煉獄の苦しみを味わった。7月の私の誕生日に、彼女から何の反応もなかったことで恋の終焉を悟り、二度と恋愛のまねごとなどすまいと心に決めたのだった。

 Aも恋愛に関しては私同様、侮蔑の気持しか抱いていないと思っていた。だから、私が船縁のカップルをくさしたとき、Aが苦笑でしか応じなかったことに、物足りないものを感じた。

 夜に別府に着いて、旅館で一夜を過ごし、2日目は九重高原から阿蘇山に向かった。私とAは、団体行動には加わらず、見るべき景色などに目もくれず、好き勝手にそこらを散策した。その日は阿蘇の麓の旅館に泊まったが、夜も級友たちとは別行動で、宿から抜け出して、田舎道をあてもなく歩いたり、立ち入り禁止の旅館の屋上に出て、夜空を眺めたりした。

 そのうち、私は奇妙な高揚感に囚われ、何か突拍子もないことをしてみたい誘惑に駆られた。こっそり持ち込んだ酒を飲んだり、教師に隠れて煙草を吸ったりする者もいたが、私はもっと大胆なことがしてみたかった。

 そこで消灯時間がすぎてから、Aと2人で、女子の部屋に忍び込もうとした。女子の部屋は1階だったので、宿の裏庭に出て、身体をひそめて部屋に近づき、窓に手をかけると鍵が掛かっていなかった。私は泥棒さながら静かに窓を開き、躍り込むようにして室内に入った。悲鳴が上がりかけるのを「シーッ」と制し、Aを中に招き入れた。バカげた行動で、見つかったら謹慎処分にもなりかねなかったが、私は妙に破滅的な気分になっていて、女子の部屋に忍び込むことの意味も結果も、念頭には浮かばなかった。

 幸い、部屋の女子たちは騒ぎ立てることもなく、私とAを受け入れてくれた。明かりはつけないまま、布団から出て、壁際に足を投げ出して座った。部屋は6人のグループで、向き合う形で私とAの横に3人ずつが座った。

 私の横に座ったシニカルな女子が、あきれたように言った。

「だれか来るかもしれんと思ってたけど、まさかK君が来るとはね。あんたはA君としかしゃべらんと思ってたから」

 別の1人も同調した。

「K君はいっつも恐い顔をしてるから、話しかけたらあかんと思てたわ。女子のことなんか完全に無視してたやろ」

 私が答えに困りながらも、にやけた笑いを浮かべると、残りの1人が勘ちがいを正すように言った。

「あんた、女子に評判悪いよ。まあ、今夜はせっかく来たんやから、入れたったけど」

 冷水を浴びせられたような気分になっていると、やがて、その彼女は私を「マリモちゃん」と呼びはじめた。意味を聞いても教えてくれない。マリモは阿寒湖にしか生息しないと思っていたから、井の中の蛙ということなのかと聞いたが、やはり思わせぶりに笑うだけだった。天然記念物的な変人と思われていたのかもしれない。

 Aの横に座った別の3人は、1年生のときからクラスが同じ仲良しグループだった。大柄なインテリ女子のリョウコと、鼻が低いのでいつも眼鏡がずり落ちている小柄なミキ、そして、金持ちのお嬢さんふうのカオリである。

 私たちは、酒を飲むでもなく、ゲームをするでもなく、一晩中、ボソボソとしゃべっていた。Aたちが何をしゃべっているのかは、ほとんど聞き取れなかった。あとで聞くと、リョウコは我々2人を評してこう言ったらしい。

「A君とK君は、2人で自分らの気に入るような絵を描いてるようなもんよ」

 うっすらと夜が明けかけたので、Aと私はふたたび窓から外に出た。玄関から中に入ったところで、見まわりの教師と鉢合わせになりかけたので、トイレの個室に隠れて、1時間ほど、起床時間が来るのを待った。

 その夜は一睡もしなかったので、3日目はほとんど朦朧状態だったが、はじめて女子と長くしゃべったことで、私はこれまでにない精神状態になっていた。おそらく、Aも同じだったのだろう。しかし、私にそれに気づく余裕はなかった。

(つづく)

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