大学に合格したあと、私は久しぶりにAに会った。春の夕暮れどき、Aを誘って近所の墓地を散歩したのだ。その墓地は中学校の横の大きな池の傍にあり、周囲をススキに囲まれていた。
Aは世俗的な価値を超越していたので、私の合格を祝福したりはしなかった。もちろん、嫉妬から無視したのではない。Aにとって大学の合格など、はじめからさしたる意味がなかったのだ。
それは、たとえばおいしいものを食べるとか、高価なものを手に入れるとか、好きなものを所有するとか、恋愛にうっとりするとか、健康でいるとか、長生きをするとかと同じ、単なる現世的な快楽にすぎないからだ。そういうものに、普遍性はないし、絶対性もない。不安定で移ろいやすい刹那的な錯覚にすぎないと、Aは考えていたようだ。
Aが求めたのは、超越した真理だった。表面的なことではなく、人間の本質、認識の根本に根差した揺るぎのない真理。それに意識を集中している者にとって、プラスであろうとマイナスであろうと、即物的な感情の揺れなど、一瞥にも値しなかったのだろう。
当時、彼が好んでいた言葉に、ヴィットゲンシュタインの次のフレーズがある。
──ギリシャ哲学以来、あらゆる哲学は、まちがいではないが、意味がない。
その真意は、長らく私にもわからなかった。
後年、いろいろ学ぶうちに、ある程度、理解できた。つまり、論争で使われる“言葉”は、厳密に一致したものではなく、使う人間によって恣意的に解釈されているので、それを使って議論することには、意味がないということだ。
たとえて言えば、“正義”とか“平等”とかについて議論するとき、それぞれがその言葉の意味を自分の考えに沿う解釈で言い合っても、普遍的な答えが出るはずがない。それはあたかも、自分で勝手にグーチョキパーの形を決めた者同士が、ジャンケンをしているようなものだ。それではジャンケンの意味を持たない。
作家の村上龍氏も、かつてこのように言っていた。
──まったく異なる政策を掲げる政治家が、ともに「国民のため」と称して、自らの政策をアピールする。それは「国民」という言葉を、それぞれが勝手に想定しているからだ。この場合、「国民」という言葉は意味を失う。
晴れの日を“いい天気”と呼ぶことに疑問を感じ、道徳の教科書を燃やし、超読書家でありながら高校で勉強を放棄し、激情に任せて暴力をふるうことも辞さなかったAが、ひとり密かに探求していたのは、あらゆる価値を無意味と断じる圧倒的なニヒリズムだった。その意志は、世俗の喜びや幸福や安全を求める人間より、はるかに強く、高く、普遍的であるように、私には思えた。
その結果が、“コム・イル・フォー”である。すなわち、洗練された上品さ。
世俗の幸福を求める“ヴァルガー”は、いくら取り澄ましていても、あるいは善良ぶっても、その本質は強欲で、利己的で、浅はかで、下品であることを免れない。
そんなAに対抗すべく、私は散歩の道すがら、2年半前から温めていた私のドグマを披露した。そのとき、私は緊張と興奮で声が震え、まるで神と対峙しているかのような畏怖と恍惚を感じた。
──善行も悪行も、禁欲も享楽も、思いやりも冷酷も、努力も怠惰も、共感も排除も、すべては欲のなせる業で、そこにいっさいの差異はない。
ドグマに至る経緯を語ったあと、このように結論して、私はある種の放心状態に陥った。Aはさほどの衝撃を受けたようすも見せず、曖昧に笑っただけだった。
すぐあとの手紙で、Aはこう書いてきた。
──君の“欲の一元論”にも、さしたる意味を見出せなかった。
私のドグマもまた、Aにとってはまちがいではないが、意味がないのだった。
そのことに、私は落胆しなかった。大学に合格したということは、Aの考えに従えば無意味かもしれないが、それは現実であり、やはり私の心を支えるよすがになった。
しかし、入学式を終え、大学生としての生活がはじまると、私は周囲に強烈な違和感を覚えるようになった。同級生たちの間に、奇妙な雰囲気が広がっていたのだ。それは同じ難関を突破した者同士という、敬意と自尊心に根差した連帯感みたいなものだった。高揚した幼稚なエリート意識。未来に向けての根拠のない期待と自信。単純で、明朗で、健全で、傲慢な安心感。彼らは優秀で、自由で、豊かだが、本質的に浅薄な勝者だった。
クラスの顔合わせがあったとき、私は教室のいちばん後ろに座り、深刻な表情であたりを見ていた。だれともしゃべらず、目を合わさず、教授や先輩の言葉にも関心を示さなかった。むろん、話しかけてくる者もいない。心の半分をAという孤高の探究者に占められていた私には、目の前の浮かれた連中は、まさに“ヴァルガー”そのものにしか見えなかった。
(つづく)