小説

オンリー・イエスタデイ32「地下室の住人」

 トルストイに負けず劣らずAを魅了したのが、ドストエフスキーだった。  彼は『罪と罰』を読んで、いたく感動したようだったが、中でも特に酔いどれの退職官吏、マルメラードフにシンパシーを感じたようだった。  マルメラードフは、肺病の妻のスト...
小説

オンリー・イエスタデイ 31「Comme il faut」

“Comme il faut”(コム・イル・フォー)とは、“品のよい”とか、“礼儀をわきまえた”とかいう意味のフランス語である。この言葉はトルストイの『青年時代』に出てくる。  この概念が、17歳のAをいたく魅了し、彼の価値判断の絶対基準...
小説

オンリー・イエスタデイ 30「若きヒットラー」

 高校2年生の夏休み、私は一冊の本と出会った。  水木しげる著『劇画ヒットラー』  書店で見つけたときには手が震えるほど興奮した。  私がヒットラーに興味を持つようになったのは、中学2年生でAとともに戦車模型を作りだしたころだった。ド...
小説

オンリー・イエスタデイ 29「水木しげる熱」

 今でもそうだが、Aと私の共通のアイドルに、漫画家の水木しげるがいる。  私が水木漫画に触れたのは、小学校4年のとき、別冊少年マガジンに掲載された「テレビくん」を読んだのが最初だった。それまで「鉄腕アトム」や「鉄人28号」「伊賀の影丸」な...
小説

オンリー・イエスタデイ 28「モルモン教」

 高2の1学期が終わるころ、私はモルモン教の宣教師と親しくなった。  きっかけは、昼休みに街頭にいる宣教師に話しかけたことだ。モルモン教に興味があったわけではない。実地の英会話を鍛えたくて、アメリカ人と話してみたいと思っていたのだ。学校で...
小説

オンリー・イエスタデイ 27「晴天嫌い」

 そのころの私は、Aの悪魔性、反社会性に惹かれながらも、自らの優等生的な良心にも執着を感じていた。努力することや、誘惑に負けず自分の意志を貫くことに、まだ価値を見出していたのだ。  倫理社会の授業で、クロムウェルの禁欲主義を習ったときも、...
小説

オンリー・イエスタデイ 26「銀縁眼鏡」

 高校2年のころのAの風貌には、一種独特のものがあった。   7歳のときから彼を知っている私としては、ある種の異様さにますます磨きがかかった印象だった。  Aは中学生になってから、近視の眼鏡をかけていたが、そのころは縁が黒と透明のプラス...
小説

オンリー・イエスタデイ 25「貧乏ゆすり」

 高校2年の1学期、私は相変わらず勉強に打ち込む日々を送っていた。  おかげで成績は上がったが、模擬試験で名前が張り出されるところまではいかなかった。私の通っていた高校では、450人中上位20番までが、毎回、職員室前の廊下に張り出されるの...
小説

オンリー・イエスタデイ 24「倫理社会」

 高校2年の組替えで、私はふたたびAと同じクラスになった。小学校、中学校から3度目だ。奇しくも、毎回2年生のときに同じ教室で学んだことになる。  始業式の日、教室に入ると、先に席に着いていたAが、私を見て「よう」と愛想よく手を振った。以前...
小説

オンリー・イエスタデイ 23「熱病」

 気が狂ったように勉強していた高校1年の3学期。2月に札幌で冬季オリンピックが開かれた。  日曜日の午後、いつも通り勉強に打ち込んでいた私は、少し休憩がしたくなり、自室から居間へ行った。父がテレビでフィギュアスケートのフリーの演技を見てい...